【レシピ】抹茶アイスのせトースト【抹茶(お茶)の歴史も教えます:朝礼ネタにも◎】

抹茶アイスのせトースト レシピ & 朝礼ネタ
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ぱんちゃん
ぱんちゃん

訪問してくださり、ありがとうございます!!

当ブログでは、トーストを使ったレシピを多数ご紹介しています☆

はじめに

この記事を読むと

「抹茶アイスのせトースト」の作り方

抹茶の歴史(日本で茶が登場した時~侘び茶の完成まで)

を知ることができます!

こんにちは。

先日、Instagramデビューをしました。

投稿するのも人生初です!!

SNSはまだまだ使いなれませんが・・

地道に成長できたらいいなぁと思っています。

マイペースに更新していきたいと思っているので、もし気になった方がいましたらフォローしてくださると嬉しいです!!

さて、前置きはおいといて、いつも通りレシピ紹介をしていこうと思います。

最近暑くなってきたので、久々に「ハーゲンダッツ」食べたくなりました。味はグリーンティ!

そして、家に「こし餡」もあることを思い出し・・折角ならパンに乗せたら和風スイーツになりそう💡

と思い、今回はパンに乗せてみちゃいました!

それではレシピを見てみましょう!

抹茶アイスのせトースト☆

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【抹茶アイスのせトースト】の作り方

材料

●食パン(6枚切り) 1枚

●抹茶アイス お好み量(ハーゲンダッツのグリーンティーを使いました)

●あんこ お好み量(コメダ珈琲店パキッテこしあんを使用しました)

【無くてもオッケー◎あったらベスト】

●抹茶パウダー 適量

●アーモンドスライス 適量

※「抹茶パウダー」と「アーモンドスライス」は写真用に用意したので、なくてもOKです!

※「コメダ珈琲店パキッテこしあん」とは、パキッと割ってあんこをかけるタイプの商品です。

(ごめんなさい、肝心のパッケージを捨ててしまいました・・)

アマゾンで調べてみたんですが、売ってないのかな・・?

他のサイトだと販売してました!

パキッテとはこんな感じらしい。↓↓

コメダ珈琲店パキッテこしあん

ただし、なかなか見かけない商品だと思うので、普通のあんこを添えるでも全然ありだと思います!

作り方

①食パンをトースターで焼く

②焼けたら、パンの上に抹茶アイスを乗せる

③アイスの上から抹茶パウダーをかける

④あんこをかける(添える)

⑤アーモンドスライスを散らす

⑥完成!

【抹茶アイスのせトースト】を作ってみて

温かいパンと、冷たいアイスの組み合わせは最高です!!

抹茶とあんこはもちろんのこと相性抜群で、「和」スイーツが出来上がったって感じです♪

そして、アイスがめちゃくちゃ美味しい・・

もはやハーゲンダッツの力で美味しくなっている・・?!(笑)

コメダ珈琲店の名前が入ったあんこも使っているので、贅沢すぎるコラボトーストになりましたΣ(・□・;)

抹茶アイスがじわじわ溶けてくる感じもまたいいです!

ぱんちゃん
ぱんちゃん

トーストに関する内容は以上です。

以下に「抹茶」に関する豆知識も載せたので、気になったら読んでみてください!

おまけ:抹茶の歴史(初期〜侘び茶誕生まで)

最後に、抹茶の歴史について触れていこうと思います。

もくじ

●日本ではじめて「茶」が登場したとき

●お茶は二日酔いにいい薬?!

●お茶のブランド化

●侘び茶の誕生

●まとめ

これから解説していく内容は諸説ありです。ご了承ください。

では、順を追って解説していきます!

日本ではじめて「茶」が登場したとき

「茶」がはじめて日本にもたらされたのは、遣唐使を派遣していた8世紀頃

と言われています。

その頃の日本は唐の文化を積極的に取り入れており、その流れで「茶」も一緒に取り入れらました。

しばらく経って・・

日本の書物の中で最初に「茶」という言葉が登場しました。

その名は・・「日本後です。

「日本後紀」とは、840年に藤原緒嗣らによって編纂された書物です。

その出来事をきっかけに、

その後は、詩の中などで「茶」という言葉がちょいちょい登場することになります。

ちなみに・・

当時の「茶」は貴重なもの。

上流階級の者にしか飲まれていなかったといいます。

お茶は二日酔いにいい薬?!

1191年頃(鎌倉時代の初期)

禅宗を学ぶために宋に渡っていた明庵栄西(みょうあん えいさい(ようさい))が日本へ「茶」を持ち帰りました。

茶の魅力を知っている栄西は、

日本初の“茶の専門書”「喫茶養生記(きっさようじょうき)」(鎌倉時代における医書に1つ)を著します。

その書物の中では、お茶の効能等を説いています。

そして・・

この「喫茶養生記」は、1214年(建暦3年)に

鎌倉幕府の3代目将軍、源実朝に献上されたそう。

(「吾妻鏡」にその旨記載がある)

実朝はお酒好き?だったようで、二日酔いのになることも珍しくはありませんでした。

そこで栄西は「茶」が二日酔いにいい薬であるとして、実朝に勧めたと言われています。

お茶のブランド化

1379年には、足利義満が「宇治七名園」と呼ばれる茶園を作ります。

これは宇治茶の栽培のために作った7つの茶園指します。

義満は宇治茶を特別なものと扱い、宇治茶をブランド化しました。

※足利義満以降も、織田信長、豊臣秀吉、徳永家康からの庇護を受けながら、宇治茶のブランドが確立されていきます。

侘び茶の誕生

お茶が広まり始めた15世紀後半には、

村田珠光は禅の精神と茶を結びつけた「侘び茶(茶の湯=現代でいう茶道の一種)」誕生させます

珠光は茶道が人間の心を成長させると考えていたようです。

そして侘び茶は最終的に、千利休が完成ました。

(村田珠光→武野紹鴎→千利休 といった流れで受け継がれていった。)

ちなみに侘び茶の「侘び」とは、「わびさび」からとっています。

わびさびは「不足の美(=足りないもの。質素なものを美しいと思う精神)」という意味があります。

侘び茶は、にぎやかな宴会等で飲まれる茶の湯に対し、日本的な不足の美を追究した茶の湯なのです。

まとめ

最後に、簡単に要点をまとめます!

●日本で茶が認識されるようになったのは、8世紀頃

●鎌倉時代、お茶は薬として扱われていた

●足利義満は宇治茶を特別なものとしてブランド化した

●村田珠光によって、茶と禅を組み合わせた「侘び茶」という茶道が誕生

●侘び茶を完成させたのは千利休

「茶」の歩みだけを見ても、歴史の流れを勉強できてしまうなんて面白いですね!

また、抹茶を使ったトーストを作った際は、抹茶の歴史の続編を解説したいと思っています💡

ぱんちゃん
ぱんちゃん

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!